令和2(2020)年度に紹介した「お薦めの1冊」

 

『EVEREST』

石川直樹/著 CCCメディアハウス 2019.12

写真家石川直樹のエヴェレスト登頂の記録を中心に収録された写真集です。

2001年に23歳だった石川は、当時としては世界最年少で七大陸最高峰登頂を制覇し、その10年後の2011年にネパール側からアタックを行い、再び登頂を果たしました。本著は2011年の登頂時に撮影された写真を集めたもので、石川のエヴェレスト写真において集大成といえる一冊です。

ページを一枚一枚めくっていくと、登頂までの道のりの中で見えてくる自然の雄大さや厳しさ、美しさに、どの作品にも思わず息を呑んでしまいます。普段、人工的に作り出された世界の中で生きることに慣れきってしまった私たち人間が、なかなか踏み入ることのできない神聖な場所への畏怖を、写真を通じて体感することができます。

個人的なことを話すと、私は小さなころ冒険家にとても憧れを抱いており、誰も見たことのない世界に挑戦する彼、彼女らの冒険談は幼い私の心をとてもワクワクさせ、想像だけでなくその世界をいつか自分も見てみたいと思っていました。現代は、手頃な価格で世界中の写真集を手に入れることが容易になりました。また、子ども向けに、石川がデナリ登頂の様子を収めた写真絵本、月刊「たくさんのふしぎ」4月号(福音館書店 2020.3.3発行)が最近発行されました。もしできることなら、当時の幼かった私に手渡してあげたい一冊です。小さなお子さんがいる方には、そちらもおすすめします。

2020年4月20日 vol.191掲載

 

『その情報はどこから? ネット時代の情報選別力』

猪谷千香/著 筑摩書房 2019.2

インターネットの情報に影響されて、私たちは無意識に同じような考えのニュースばかり見ていたり、デマを信じてしまったりしているかもしれません。本書では、インターネットの情報がどのように編集されているのか、どうすれば自分に必要で信頼できる情報を選ぶことができるのかなど、最近のフェイクニュースやデマの事例を参考にして、インターネット情報を利用する上での注意点が分かりやすく解説されています。Yahoo!ニュースはどのように作られているか、どのサイトを見ても同様な広告が出てくるのはなぜかなど、情報を見極めるためのヒントが紹介されています。

中学生、高校生向けの新書ですが、大人にもおすすめの1冊です。

2020年5月20日 vol.192掲載

 

『ワンダ・ガアグ グリムのゆかいなおはなし』

ワンダ・ガアグ編/絵 松岡亨子/訳 のら書店 2019.5

グリムの昔話は、現代にいたるまで様々な国で再話され数多くの出版社が本にしてきました。本著は、アメリカの絵本黄金期の先駆けとなった絵本作家であるワンダ・ガアグが再編し、挿絵を描いたものです。挿絵の素晴らしさはもちろんですが、ガアグの生き生きとした語り口は私たちを魅了し、お話の世界へ誘ってくれます。また、訳者である松岡享子さんは、東京子ども図書館で子どもと本を結ぶ活動を長年にわたり行ってきた方です。その松岡さんが、「グリムのむかしばなしⅠ」、「グリムのむかしばなしⅡ」刊行の際に講演を行いました。その内容をまとめた「ワンダ・ガアグの『グリムのむかしばなし』について」も出版されています。こちらでは、ガアグの生い立ちを深く掘り下げていたり、ガアグ訳と他訳を比較したりしています。これらも併せてぜひお読みください。

2020年6月22日 vol.193掲載

 

『「空気」を読んでも従わない 生き苦しさからラクになる』

鴻上尚史/著 岩波書店 2019

「世間」と「社会」って同じものだと思っていませんか?実は、多くの外国では「世間」という概念は存在せず、「社会」のみがあります。逆に、日本社会といわれるものは、ほぼ「世間」で構成されていて、そのことが様々な生き苦しさを生む原因になっています。「世間」と「社会」の2つを捉えることで、生きづらさの原因を明確にし、そこからラクになる術を考えます。

2020年7月20日 vol.194掲載

 

『ふくしま手語り 孤高の鎚音』

赤沼博志/文・写真 藤安将平/文・刀工 歴史春秋出版 2020

福島県福島市の立子山に鍛刀場を設け、多くの刀剣を生み出してきた刀工・藤安将平。その一つひとつの工程が、写真家・赤沼博志による臨場感あふれる写真とともに語られています。私たちになじみのない日本刀との本来の向き合い方も、藤安さん本人によってつづられています。刀剣鍛錬奉納の記録に始まり、名物薬研藤四郎の再現、その他刀剣に関わる職人についてまでまとめられた見どころ満載の一冊です。 

2020年8月20日 vol.195掲載

 

『夜廻り猫』

深谷かほる 講談社 2016~ (現在1~6巻まで刊行)

利用者から返却された本の中に、何度も見かけるようになり気になっていた本です。県立図書館には珍しい漫画の本で、著者が福島県出身です。

生きていると悲しいことや理不尽なことなどに遭遇することがあって、「なんで自分だけ…」と絶望的な気持ちになることはありませんか。この漫画に登場する人たちも何かしらの問題や悩みを抱えながら、生きています。その問題や悩みは解決しなくても、心に折り合いをつけながら明日に向かっている姿が描かれています。切ない気持ちにもなるのですが、小さな希望に勇気づけられます。タイトルにあるように、人間とコミュニケーションがとれる猫が主人公です。猫以外の動物も登場します。人間と動物が互いに相手を思いやるシーンなども心がほっこりして「心のサプリ」的な作品です。 

2020年9月23日 vol.196掲載

 

『天皇皇后両陛下が受けた特別講義 講書始のご進講』

KADOKAWA/編 KADOKAWA 2020

毎年1月半ばに、皇居で「講書始」が催されています。これは、人文科学・社会科学・自然科学の3分野における代表的な学者が天皇皇后両陛下と皇族に対して、それぞれ15分間の進講を行うという行事です。本書は、2011~2020年の講書始をまとめたものです。

講義のテーマは多岐にわたり、妖怪、コーポレート・ガバナンス、半導体エレクトロニクスなど様々です。各分野の大家による講義は理路整然としており、専門的な内容の講義でありながら理解しやすいものとなっています。一般教養を学ぶ大人向けの本に見えますが、大学の専攻選択に迷っている中高生などの若い方々にも読んでほしいと思う1冊です。

2020年10月20日 vol.197掲載

 

『アドリブ』

佐藤 まどか/著 あすなろ書房 2019

イタリア・トスカーナの田舎町で母親と二人暮らしをしている日本人のユージ。たまたま母親に連れられて行ったクラシックコンサートで、フルートに魅了されます。彼は未経験者だったにも関わらずそのセンスを認められ、難関の国立音楽院に通うことになりますが、才能面や経済的な困難さから今後も音楽を続けるべきか思い悩むようになります。

アドリブって、意外にもクラシック音楽に古くから取り入れられていたそうです。第60回(2020年度)日本児童文学者協会賞受賞作品です。

2020年11月20日 vol.198掲載

 

『すかがわ人』

安藤清美/著 福島民報社 2020

福島県には、様々な功績を残した偉人が数多くいます。本著は、その中でも須賀川にゆかりのある人物について書かれた偉人評伝です。須賀川市立博物館の元館長・安藤清美さんによって、七名の偉人の生涯が、数々の写真とともにまとめられています。東京五輪銅メダリストの円谷幸吉、特撮で名高い円谷英二を始め、数々の分野で活躍した著名人を一度に学べるこの一冊、ぜひお手にとってみてはいかがでしょうか。

2020年12月21日 vol.199掲載

 

雑誌「月刊福祉」

全国社会福祉協議会 1961年~(当館の所蔵は1977年~)

2020年7月号より、連載記事で『渋沢栄一の歩みから見る福祉の今』が掲載されています。新一万円札のデザインや2021年大河ドラマの主人公になった渋沢栄一は、近代日本の産業基盤づくりに尽力しました。また、実業による私利は公益に資するべきという主張をもって社会福祉事業にも深く関わりました。彼が関わった事例が紹介されており、形を変えて今も受け継がれていることが分かります。

2021年1月20日 vol.200掲載

 

『じつは食べられるいきもの事典』

松原始、伊勢優史/著 宝島社 2020年

珍味と呼ばれている食材を食べたことはありますか?海外旅行の旅行先で、日本では滅多に見られないような料理を食べた経験を持つ方もいるかもしれません。本書では、国内・国外で意外にも食材として扱われている動物や昆虫を紹介し、気になる味だけでなくその歴史的背景などについても解説しています。「タガメは洋梨のようなフルーティな香りがする」といった驚きの話がたくさん出てきます。

2021年2月22日 vol.201掲載

 

『お山の幼稚園で育つ』

山下太郎/著 世界思想社 2018年

京都市にある北白川幼稚園、別名「お山の幼稚園」の園長が、森の探検遊びや毎日歩いて往復2キロの登園、俳句の素読などのユニークな実践を通して、幼児期の子どもにとって大切なことは何かを書き綴ったエッセイです。西洋古典学に精通し、大学で教鞭を取っていた著者はフィロソフィア(知を愛する心)を分ち合おうと園長になります。豊かな自然環境の中で過ごす子どもの、何気ない言動を著者の目を通して見ていくと、一人一人の子どもの内面では実に様々な気持ちが渦巻いていることがよく分かります。その言葉にできない思いを察知し、共感し、時に励ますことが幼児教育の現場では毎日行われています。子どもを見守る眼差しを養うために必要なことが、著者の経験とともに7つの章から分かりやすくまとめられています。教育の根っこである幼児教育の奥深さやその重要性を改めて考えさせられる一冊です。

2021年3月22日 vol.202掲載