令和3(2021)年度に紹介した「お薦めの1冊」

 

『世界の児童文学をめぐる旅』

池田正孝/著 エクスナレッジ 2020.10

皆さんは、今まで読んだ本の舞台となった場所に実際に足を運んだことはありますか?本著は、40年以上にわたって海外児童文学の舞台を訪ね写真に収めてきた著者が、物語の背景と創作の源泉に迫り、1冊の本にまとめたものです。

例えば、物語の冒頭で、ロジャーがタッキング(帆船が上風にジグザグに航行する動作)をしながら坂を登り、お母さんが電報をもって待つ農場の入り口の写真(『ツバメ号とアマゾン号』)や、プーたちが棒投げ遊びに興じた橋(『プー横丁にたった家』)など、イギリスの児童文学作品を中心に、その舞台となった場所が美しい写真と創作秘話等とともに記録されています。写真集としてパラパラページをめくるだけでも十分楽しめる一冊です。児童文学を作品として楽しむだけでなく、その背景をより深く味わう新しい楽しみ方を提示しています。

2021年4月20日 vol.203掲載

 

『反穀物の人類史』

ジェームズ・C・スコット/著 立木勝/訳 みすず書房 2019

一定の場所に密集して住み、穀物を育てて暮らす――。いったいどうして、私たちホモサピエンスの多くがこのような暮らしを選んだのでしょうか。この疑問について、動植物と人間の〈飼い馴らし〉をキーワードに探っていきます。

農耕の始まりと聞くと文明や発展といった言葉が浮かびますが、本書ではむしろ一か所に密集することによる感染症の流行や、耕作のための重労働などによって、農耕民は狩猟採集民よりも苦しい生活を送っていたと述べています。不安定な狩猟採集生活が発展し、安定した農耕社会へ移行した・・・という従来のイメージを変えてくれる一冊です。

また、本書の発行時期はコロナウイルスが流行するよりも前ですが、感染症が初期国家へどれほど重大なダメージを与えたかについてたびたび触れています。今の状況を踏まえて読むとまた違った印象を受けるのではないでしょうか。

2021年5月20日 vol.204掲載

 

『プリズン・ブック・クラブ コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』

アン・ウォームズリー/著 向井和美/訳 紀伊國屋書店

カナダのコリンズ・ベイ刑務所で月に1度開かれる読書会。その様子をボランティアとして参加した女性ジャーナリストが記したノンフィクションです。 強盗に襲われた経験のある筆者は刑務所という場にはじめは恐怖を覚えますが、メンバーたちの鋭く知的なやり取りを聞き、次第にこの読書会に引き込まれていきます。

受刑者であるメンバーたちが、本を通して自身の罪や人生の痛みについて振り返る様子からは、本の持つ力が改めて伝わってきます。 『怒りの葡萄』、『またの名をグレイス』など、取り挙げられている書籍は20冊以上。読了後はコリンズ・ベイ読書会メンバーと同じ本を読んでみたくなるはず。

2021年6月21日 vol.205掲載

 

『誰も知らない世界のことわざ』

エラ・フランシス・サンダース/著 前田 まゆみ/訳 創元社 2016

世界の51のことわざがイラストとともに紹介されています。「小さなアヒルを吹き出す」や「目が私について行った」など、文字だけでは見当のつかないものもありますが、「ロバにスポンジケーキ」や「一滴一滴が、いつしか湖をつくる」などは、似ている日本語のことわざを連想させます。それぞれの言い回しが生まれた背景などをみると、文化の違いによって使用される食べ物や動物は異なりますが、同じような言葉は世界中にあるということがわかります。

2021年7月20日 vol.206掲載

 

『福島モノローグ』

いとうせいこう/著 河出書房新社 2021

本書は全編、被災した女性たちのモノローグ=独白台詞で構成されています。いわゆる「聞き書き」なのですが、それを語る人物の情報は、一切書かれていません。しかし不思議なことに、その語りの中から、その人の人となりや、その人が歩んできた震災までと震災からの物語が、まるですぐ隣で話しているかのように、実直なことばで伝わってきます。色々な選択があって、今ある現実を変えたい人がいて、様々なつながりと日々の積み重ねで今日の「復興」があることが、一人一人のモノローグから見えてくる一冊です。震災の日から、地元で、避難先で、福島で生活してきたこと、震災後の世界で見つけたものを、誰かと話したり聞いたりすることを通して、相手や物事を丁寧に知るという積み重ねの大切さを考えさせられます。

2021年8月20日 vol.207掲載

 

『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』

落合陽一/著 SBクリエイティブ 2019

本書では、SDGsと世界情勢のデータを軸に2030年までに起きるであろう世界の変化について紹介し、日本のこれからの未来について考え、SDGsがより身近に感じられる、そんな一冊になっています。また、全編を通じて「地図」が多く用いられており、世界の状況が一目でわかるので、小・中学生から大人まで幅広い世代の方に読んでいただけると思います。

2021年9月21日 vol.208掲載

 

『校歌の誕生』

須田珠生/著 人文書院 2020

学校で歌われる校歌は、誰にとっても馴染みがある歌の一つです。制服や校章のように学校におけるシンボルとしての価値を持つ校歌が、なぜ各学校で作られ、歌われるようになったのかを、本書では歴史的な視点から明らかにしています。 校歌といえば、学校の周辺環境や地域性がイメージできるものを想像しますが、どの学校の校歌もなんとなく似ているような印象を受けます。時代や、学校教育のあり方が変わるにつれて変容してきた校歌が、地域社会と関わりながら、どのように普及してきたのか、その歴史を知ることのできる一冊です。

2021年10月20日 vol.209掲載

 

『「自分らしさ」と日本語』

中村 桃子/著 筑摩書房 2021

話す相手や場面によって、言葉遣いは変わります。私たちは接する相手によって態度を変化させるように、アイデンティティーは元々存在するのではなく、場面ごとに変化し、その都度構築されるものです。それが端的に表れるものの一つに言葉があります。 言葉をめぐるあれこれを通して、自分自身について、また言葉を通して垣間見える社会の問題について、改めて捉え直し、考えてみませんか?

2021年11月22日 vol.210掲載

 

『東京2020オリンピック聖火リレー福島県記録写真集』

東京2020オリンピック聖火リレーふくしま実行委員会/[編] 2021

オリンピック聖火リレーとは、古代オリンピックの聖地であるオリンピアの遺跡・ヘラ神殿前で太陽光によって採火された炎を、ギリシャ国内と開催国内でリレーによって開会式までつなげるものです。東京2020オリンピックでは、2021年3月25日に楢葉町にあるJヴィレッジからスタートした後、3日間かけて県内28か所を、さらに日本全国を巡りました。
本書では、総勢66人のランナーが県内各地を走る姿はもちろん、聖火リレーに合わせて催された演舞や演奏の様子、走行ルートなどが紹介されています。
新型コロナウイルスの影響で近くでの観覧はできませんでしたが、写真から当時の熱気やランナーが走りにこめた思いを受け取って、東京2020オリンピックを振り返ってみてはいかがでしょうか。

2021年12月20日 vol.211掲載

 

『ヤングケアラー 介護を担う子ども・若者の現実』

澁谷 智子/著 中央公論新社 2018

皆さんは、「ヤングケアラー」という言葉をご存知ですか。「ヤングケアラー」とは「家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18歳未満の子ども」(日本ケアラー連盟)のことであり、日本ではこの数年で急速に調査・実態把握が進んでいます。本書は、歴史的な経緯、日本での調査や当事者の語りなどがまとまっており、「ヤングケアラー」に関する概略がわかる一冊となっています。また、学校に関する事例として筆者らが教員に対して行った調査が紹介されており、調査自体だけでなく、自治体・学校での調査後の支援体制作りについても述べられています。なお、本書のほか「ヤングケアラー」に関する資料は最近様々なものが発行され、一部は当館にも所蔵があります。あわせてご利用ください。

2022年1月20日 vol.212掲載

 

『世界ピクト図鑑 サインデザイナーが集めた世界のピクトグラム』

児山啓一/著 BNN 2021

 言語を問わず、年齢を問わず、視覚のみでその意味を伝えるピクトグラムは、ユニバーサルデザインとしての役割も担っています。 本書には、項目別、国別に様々な地域のピクトグラムが、著者による専門的な解説とともに掲載されています。ある程度の統一性を保持しつつ、地域ごとの文化・慣習により異なるデザインのものや、珍しい表現のものも多くあります。 身近なものと比べながら読むだけでも楽しい一冊ですが、色や形、社会性やモラルを考慮し、意味が伝わるようにとそれぞれ工夫されていることもわかります。 オリンピックでも注目を集めていたピクトグラム。日常生活でも至る所で目にする機会がありますが、シンプルだからこそ、そのデザイン性に注目してみると、情報を分かりやすく伝えることへの一助になりそうです。

2022年2月21日 vol.213掲載

 

『善と悪のパラドックス ヒトの進化と<自己家畜化>の歴史』

リチャード・ランガム/著 依田卓巳/訳 NTT出版 2020

人間は善か悪か。思いやりや協力などに現れる「善」と、戦争や拷問などに現れる「悪」、私たち人間がこの相反する性質を抱えているのはなぜか・・・という問題を考える一冊です。
この疑問に対し筆者は、同じ攻撃性でも、瞬間的な攻撃性と、冷静で計画的な攻撃性が存在することに着目します。そして人間は瞬間的な攻撃性が低く、計画的な攻撃性が高い生きものなのだ、と指摘します。その理由について考える際にキーになる、人間の「自己家畜化」をめぐる理論が抜群に面白く、かつ分かりやすい文体ですらすら読めてしまいます。
なぜ人間の計画的攻撃性は高いのか?それが人間の「自己家畜化」とどう関係するのか?問いに対する筆者の答えは恐ろしくすらありますが、決して露悪的ではなく、むしろ最後に希望を抱けるような構成になっています。
ちなみにこの「おすすめの一冊」コーナーで紹介しているのは、すべて県立図書館で所蔵している本です。ご興味がある方は県立図書館をぜひご利用ください。

2022年3月22日 vol.214掲載