福島の蔵書印 その31 菊池康雄の蔵書印

 

宮沢賢治や棟方志功の芸術を愛し、地域史研究家として多大な業績を遺した菊池康雄(1918-2000)は、いわきの生まれである。地元の炭砿会社経理部に勤務、会社の閉山後はいわき市史編纂室に勤めながら、ほぼ独学でいわきの地域史研究と資料の博捜に生涯情熱を燃やした。ライフワークであった白水阿弥陀堂の研究の他、郷土に根ざした多岐にわたる分野の研究を、多額の私費を投じて収集した資料の厳密な考証に基づいて推進し、新見解を披瀝する幾多の論考を発表し続けたのである。

昭和60年(1985)には佐藤孝徳、里見庫男、山名隆弘、小野一雄たちといわき史料集成刊行会を結成し、江戸・明治期の稀覯史料の翻刻と充実した解説を内容とする『いわき史料集成』全5冊を、刊行会発足より8年間の日子を費やして上梓した。この功績によって、福島民報出版文化賞を受賞した。他に福島県教育委員会から、文化財保護功労者の表彰も受けている。

菊池康雄は後進の指導にも尽力し、いわきで屈指の蔵書家としても知られていた。また、小中学校で教壇に立ちながら、物心共に夫を支え続けたスミエ夫人の内助の功も看過できない。彼の歿後、いわき地域学会『潮流』28報と、いわき地方史研究会『いわき地方史研究』37号が、故人への敬愛の念に満ちた追悼特集を組んでいる。

上掲の蔵書印は、平成6年(1994)にいわき史料集成刊行会が限定100部作製した当館所蔵の『陸奥國磐城名勝略記』復刻版から採録したもの、縦横2.4㎝の単郭朱印である。この復刻版は、生前菊池康雄より直接寄贈されたもので、特に本人の意向によって彼の蔵書印が押され、印について説明した自筆の紙片が貼られてある。それによれば、この「菊池氏蔵書」印は諸谷泰仙の作、篆刻は石井雙石門。遺愛の印として、その生涯と業績を偲ばせる。

〈資料課:菅野俊之〉