福島県立図書館所蔵 貴重郷土資料探照 3 「神林復所関係資料」

 

幕末期、福島県の儒者では、安積艮斎(ごんさい)が名高い。一方、平藩の神林復所の名は、今や、忘れられているのではないか。或いは、学者・大須賀〓軒(いんけん)の父、俳人・大須賀乙字(おつじ)の祖父、と言ったほうがなじみ深いかもしれない。

神林復所。諱は弼、良弼。通称清助、後、譲と改称。字は伯輔。復所は号。冨有、冨有大業とも。寛政7(1795)年、平に生まれる。幼少時から優秀で、20歳の時、江戸の佐藤一斎に師事する。艮斎は同門である。朱子学を学び、帰郷後、藩校施政堂の教授をつとめた。

その思想の一端は『近世民衆思想の研究』(庄司吉之助著 校倉書房)、『いわき市史 第6巻』で紹介されている。能書家としても知られ、絵も堪能で、自画像が現存する。当時の知識人の鑑というべきであろう。64歳で引退後、晩年は著述を専らにする日々であった。明治13(1880)年、86歳で亡くなるまで、その生涯にものした著作は、約300点。その内訳は、庄司吉之助氏の調査に詳しい(『いわき地方史研究 13号』)。また、岩波書店刊『国書人名辞典』が115タイトルを挙げる。多くは朱子学関係、他に、易学、音韻学、暦学、兵法、神祇、地誌、漢詩等々、多岐にわたっている。膨大な著作のうち、一部の自筆稿本類が「神林復所関係資料」として当館に伝来する。いつ頃、誰の手により集められたのか、また、当館への収蔵の経緯も不祥。内容は『復所文稿』『復所論文』『復所漫録』など、22点。復所自身の著作以外に、弟・和田格斎(かくさい)、息子惺斎(せいさい)・の詩文集、〓軒や〓軒の妻にして漢詩人・痩玉(そうぎょく)の詩稿なども含まれており、興味深い。復所のものとしては、朱子学関係をはじめ、学問上の問題について兄弟や息子に答えた文や、地元の薬師堂に関する考察、神無月にまつわる俗伝についての論考など、学術論文から覚書風の雑録まで様々である。睡眠中の夢で、自らの死期の近いことを悟り、その夢を記した一編(「記夢」)のように、不思議な小品もある。庄司氏による著作一覧の中でも、「怪談集覧」「物怪叢談」など、儒者らしからぬタイトルが目を引く。好奇心旺盛に、当時流行の怪異小説につながる題材を取り上げたものか。多彩な著作の内容からは、学者の堅苦しいイメージは消え去り、関心の赴くまま自在に筆を走らせる、磊落な学究の姿が浮かんでくる。仙台藩の大槻家に匹敵する学者一家と評される神林一族だが、〓軒を除き、その事績に関してはあまり明らかにされていないのが残念である。今後の研究を待ちたい。

なお、当館では、他に、復所の自筆本『閲史通論』を所蔵している。執筆時、復所82歳。「緑〓軒(りょくいんけん)蔵書記」の蔵書印から、父から息子へ伝えられたものとわかる。あわせて、復所を知るための重要文献である。

<調査課 阿部千春>